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筋肉が徐々に弱ってゆく病を抱えた、僕のお父さん。
それなのに何故か運動会の二人三脚リレーに参加を希望します。それは、じきに自分の足で歩けなくなることをお父さんが知っていたからなのです。本番の結果は最下位。しかし、そこでお父さんは大切な言葉をくれたのです。
運動会の思い出を最後にお父さんは亡くなりましたが、僕の心の中に一生忘れられない大切な言葉を残してくれたのでした。
僕のお父さんは、病気で足が不自由だった。少しずつ筋肉の力が衰えていく病気だという。
小学校の運動会が近づいていた。クラス対抗の親子二人三脚リレーがある。
僕は、当然お母さんが参加してくれるものと思った。
ところが、お父さんが「参加しよう。一緒に二人三脚しよう!」と言い出した。
僕は驚いた。お父さんと二人三脚してもみんなより遅れる。クラス全体に迷惑をかける。
お母さんが「ぜひお父さんに参加して欲しいの。先生には私から話をします。」と言い出した。とても断れる感じではなかった。
学校で先生が「中村君はお父さんと二人三脚に参加する。お父さんは少し足が不自由だが、頑張って参加される。みんないいか?」と言ってくれた。
クラスメートは「中村、心配するな。僕たちがリードを広げる。アンカーになってくれ。できる限り頑張ってくれ。」そんなふうにみんなが言ってくれた。
運動会当日。親子二人三脚リレーが始まった。クラスメートが一生懸命になって走ってくれる。他のクラスも頑張っていたが、僕のクラスは何とか1位をキープしてくれた。
そして僕たちの番になった。
お父さんと一緒に走り出した。お父さんはふらつき、もたついた。
僕がお父さんの杖になる。そう思いながら、必死で支えて一緒に走った。お父さんの体が昔よりずいぶん軽いような気がした。それでも、右に左にふらつく体で僕たちは汗を流し、息を切らしながら必死で走った。でも、他のクラスのメンバーがどんどん追い抜いて行く。
案の定、びりになった。ゴールまではまだ遠い。
すると、走り終えたクラスメートやお父さんお母さんたちが、飛び出してきて僕たちに必死に声援してくれる。ゴールインした他のクラスのメンバーたちも大声で「頑張れ!」と声をかけてくれる。
そして、ゴールには、再び白いテープが張られ、僕たちはゴールインすることができた。
みんなが僕たちを取り囲み、やった、やった、万歳!と口々に言ってくれた。
僕はたまらず泣き出した。お父さんが言った。「笑顔だ。笑顔を忘れるな。」
僕は、泣き笑いしながらお父さんと一緒に空に向かって両手を掲げ、バンザイのポーズをした。
家に帰るとお父さんは「少し休むよ。」と布団に横になった。
お母さんが話してくれた。
「お父さんの病気が進んでいるの。もうすぐ車椅子に乗らないといけない。一度車椅子に乗ったら、立つことはできないの。だから立てる間に、最後に太郎と一緒に走りたかったのよ。
お母さんと一緒に公園で練習もしたのよ。『太郎には内緒だよ』とお父さんが言うから黙っていたの。練習しても、別にうまくなったわけじゃないけれど。」お母さんはクスリと笑った。
でも、お父さんは車椅子に乗ることはなかった。運動会のしばらく後で、ちょっとした風邪から急に肺炎をおこして死んでしまったのだ。
お葬式の遺影には鉢巻きを締めてとびきりの笑顔をしているお父さんの写真を飾った。
お母さんが、一枚の紙を持ってきてくれた。「お父さんがベッドで書いてくれたのよ。」
太い墨の字でこう書かれていた。「笑顔を忘れるな。」
その紙も一緒に遺影の下に飾った。
おしまい